株式会社フック　代表取締役　ファン・チュン・フックさん ＜おおいた起業家事情＞

「フォーの湯気から”有機栽培コーヒー豆の輸入”へ」

別府市で2016年に開店したベトナム料理店「スパイス食堂クーポノス」を経営しながら、母国ベトナムと大分の橋渡しを続けている。英語・ベトナム語の翻訳・通訳事業も営む。次なる挑戦は「令和6年度おおいたグロースベンチャーズ」に採択された、家族の農園で育てた有機コーヒーの直輸入。大量販売ではなく、思想に共鳴する人へ丁寧に届けたい――フックさんの視線は、食の先にある”暮らし”そのものへ向かっている。

ホーチミン出身のフックさんは、日本語学校を経てAPU（立命館アジア太平洋大学）へ。在学中に「クーポノス」を開き、以来、化学調味料に頼らず出汁からつくる素直な味でファンを増やしてきた。店名「クーポノス」は惑星の名から着想した造語。「初めは大きな相席テーブルでしたが、コロナ禍で席配置を見直し、今の形に。地域の”日常”にベトナムの素朴なおいしさを連れてくる場所にしたい」と話す。

今、もう一つの事業が走り出している。ベトナム産の有機コーヒーを日本へ届ける取り組みだ。「事業の根本には、日本の方々が自然から離れつつあることへの危機感や、かつて日本が大切にしていた八百万の神の精神、自然への敬意への共感がある」と語る。2025年末〜2026年始の輸入開始を見据え、現在までイベントでの試飲やテスト販売で反応を確かめてきた。「食を通じて “自然とつながる生き方の豊かさ” を思い出してもらいたい、という願いが強くある。うちは大規模農園ではありません。だからこそ、わかってくれる人から広げたい。卸中心で量を追うより、価値や世界観に共鳴してくれる個人や事業者に丁寧に届けたいのです」。サプライチェーンはシンプルに――現地の家族が育て、日本に“直で”仕入れる。鮮度とトレーサビリティを優先する。「日本の方々は味や香りの繊細な違いに気づいて下さる。だから日本市場にきちんと紹介したい」。昨今の世界的なコーヒー相場の変動を冷静に見ている。「コーヒーは日常に根づいた飲み物。価格より体験価値をどう届けるかが勝負だと思います」。

事業の根っこには、幼少期からの価値観がある。「食べるものが自分をつくる」という教え、自然に沿って生きるという姿勢だ。「母は生活用品まで有機のものを選ぶ人。貧しかったからこそ、いただいたものに感謝して無駄にしない、と教えられました」。理想は“何も足さない”自然栽培だが、現実にはハイブリッドで移行する。「自然や生態系の声を聞きながら、できるところから少しずつ」。

ユニークなのは、既存事業との時間の配分だ。フックさんは長年、通訳・翻訳の仕事も続けてきた。「今はAI翻訳も活用します。小さな依頼は機械に任せ、人が見るべき部分に集中できる。結果として、コーヒーや農業の事業へ投じる時間が増えました」。新旧の道具を使い分け、地に足のついた挑戦へと資源を振り向けている。

視線の先には、さらに大きな構想がある。「自給自足の村」を日本でモデル化し、将来はベトナムにも広げたいという夢だ。農と食を中心に、子供たちが自然の中で学び、多世代が助け合いながら暮らすコミュニティ。「日本には調和をつくる力があると思うのです。日本の豊かな自然を取り戻し、自給率を高めたい。食を入口に、自然・人・地域の関係をもう一度結び直したい」。フォーの湯気の向こうに見えるのは、コーヒーの香りだけではない。“ともに生きる術”を取り戻すための場づくり――その実験が、別府という街から静かに始まっている。

会社ホームページ： https://www.cuhponosu.com/

コーヒー・オンライン販売： https://www.cuhponosu.com/product-page/mamazucoffee